伊良林の町家は一通のお手紙から始まりました。
その中には叔母様が住まれていた町家に対する思いが詰まっていました。
隣が解体され、隣とつながっていた土壁はボロボロになり、家全体は長い年月のうちに傾いていました。
計画は90年の時を重ねてきた町家とそこに住まわれてきた暮らしと会話をするように進めていきました。当時の職人さんの技や金物、ガラスのゆらめき、、、学ぶところ、感じるところがありました。そして完成した町家はしっとりと陰影のある空間に。
美と云うものは常に生活の実際から発達するもので、暗い部屋に住むことを餘儀なくされたわれわれの先祖は、いつしか陰翳のうちに美を発見し、やがては美の目的に添うように陰翳を利用するに至った。
庭からの反射が障子を透してほの明るく忍び込むようにする。われわれの座敷の美の要素は、この間接の鈍い光線に外ならない。われわれは、この力ない、わびしい、果敢ない光線が、しんみりと落ち着いて座敷の壁へ沁み入るように、わざと調子の弱い色の砂壁を塗る。
陰翳礼讃 谷崎潤一郎より
町家の中にいると、陰翳の美しさにハッとさせられることがあります。
この辺りは最近まで町家が軒を連ねた通りでしたが、この数年ですっかり様変わりしてきています。これからまた同じ年月、これまでと同じように凛と佇んでいて欲しいと思います。
photo 繁延あづさ