COLUMN No.8

坂の上のいきどまり

家にまつわる記憶や思い出、住まいや暮らしへの想いなどを、さまざまな人の自由な視点で語らうコラム『家の記憶と、』。 第7回目の語り手は、諫早市多良見町に工房を構える家具工房〈SODA FACTORY〉の早田聡さんです。多感な子ども時代を過ごした家、早田少年を あたたかく見守っていた“よきお隣さん”たち、そして自分だけの秘密の場所……。「家具」 を通して人々の暮らしの風景をつくる早田さんの、心に残る原風景とは。

 


 

「坂の上のいきどまり」

今よりずっと人との距離も近くお互いに寛容だった昭和 50 年代からその終わり頃にかけて。僕たち一家は⻘山町という当時としては新興住宅地の「坂の上の行き止まり」に住んでいた。まれにタクシーを呼ぶときには「⻲焼公園(シュールな名前・苦笑)からの坂をずー っと上れるだけ上った行き止まりの家です、上手な運転手さんが来てください!」と必ず一 言添えなければいけないほど道幅も狭く、⻑い⻑い坂のてっぺんにあった。

「家の記憶」というタイトルで最初に思い浮かぶのはその我が家だったけれど、それを含めて行き止まりにあった三軒+1 のことについて話すことになりそうだ。+1 のことはひとまず置いといて、まずはその三軒のことについて。

それぞれの家の年齢層や経済力も反映してか、オリンピックの表彰台さながら一番高く広 い場所にあったのは乾物屋社⻑の平尾さん。二番目が建設会社専務の佐野さん。そして若い 家族だった我が家はもちろん三番目。家全体がスキップフロアとでも言おうか、道より一段窪んだ傾斜地に建っていた。道から鉄階段を上がった二階に洋風の玄関があり、道からコンクリート階段を降りるともうひとつガラリ戶の玄関。どちらもメインの玄関に見えるような妙なつくりをしていたし、更には取って付けたように小さな勝手口まであった。

二階の玄関から入ると「応接間」と高校教師だった父の書斎で一間。その奥に子供部屋が二 間(姉が一人部屋で僕は弟と共有部屋)。一階は台所に八畳くらいの居間と狭い洋室。 部屋数は六部屋と当時としては多い方だったかもしれない。トイレも各階にあり、妙なつく りの安普請な家だったが、僕たち兄弟にはその一軒で二軒のような独特なつくりがちょっ とした自慢の家だった。

人の性格の形成には、親の教育だけでなく、暮らした家やその周りの環境も大いに関わって くるのかもしれない。

我が家の金網フェンスだけの駐車場の横には、シャッター付きの平尾さんの倉庫兼駐車場があり。子供の僕はいつもシャッターを勝手に開けては段ボールに入った煮干しを許可な くおやつがわりにポリポリ食べていた。すると決まって平尾のオジサンは「こっちの方が新しくてうまかばい」と封がしてある方の段ボールを開けてくれた。

佐野さんの屋根付き駐車場から裏に回り、⻘い芝生の庭から坂の下の風景を眺めているこ ともよくあった。佐野のおばちゃんは「なんね、サトシくんそこにおったとね」と驚くでもなく冷たいアイスや⻨茶を出してくれ、いつも同じように下を眺めていた。

平尾さんちの玄関に敷いてあったペルシャ絨毯の模様の隆起している様や大きなシャンデ リア(懐かしい響き)、佐野さんちのコンクリート打ちっぱなしのモダンな外観に煉瓦の門 柱、仲良しだったコロの毛並みの美しさや、美人だったお姉ちゃんの純心の制服姿も。 なぜだか人の家のこともよく覚えている。

それと+1 のこと。少年期から思春期を年の近い弟と同部屋で過ごしていたので、とにかく独りになれる時間と場所を求めていたように思う。

坂のうえの更に上には、その頃の僕にはうってつけの場所があった。家から更に短い階段を登った裏山には正方形コンクリートの貯水タンクがあり、その上に登ると六畳ほどのスペ ースがあった。映画「バグダットカフェ」か、いやあれは円筒形のタンクだったし、どちら かというと「未来少年コナン」のような風景が思い浮かぶ。

お天気の良い日はその「タンク」と呼んでいた場所が唯一の自由空間であり独占領域だった。 いつも小さなラジカセと駄菓子を片手に何時間でもそこで過ごした。もう時効だから言う が、初めての煙草を試してみたのも初めてもらったラブレターを読んだのも「タンク」の上 だった。

RC サクセションの「トランジスタラジオ」を聴くたび思い出すのはあのタンクの上で過ごしていた少年期の僕。 すっかりオジサンになった僕は多良見町の山のなかでひとり、家具を作っている。あの頃とさほど変わらず、色んなことを思いめぐらせながら。

プロフィール
早田 聡(家具工房 SODAFACTORY)
⻑崎県生まれ。1998 年に独立、諫早市多良見町に工房を構え、無垢材のオーダー家具を中心に家具づくりを行う。
 SODAFACTORY HP

COLUMN No.8
坂の上のいきどまり
2020.10.14