「アトリエから」
COLUMN No.3

焼杉ワークショップのこと

HAGの日々の仕事や、Atelier HAGの活動について綴っていくコラム『アトリエから』。第1回は、2016年3月に開催された「焼杉ワークショップ」と、その焼杉を用いてつくった家についてのエピソードをお届けします。


 

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「焼杉(やきすぎ)」って、何?

「焼杉」と呼ばれる日本の伝統的な外壁材をご存知でしょうか。杉板の表面を焦がし、炭化させることで、風雨への耐久性や耐火性を高める昔ながらの技術です。発祥は定かではありませんが、一説には瀬戸内地方で生まれたといわれ、鯨漁のための捕鯨船や、潮風の強い地域の家屋に用いられたとされています。

かつては盛んだった焼杉を用いた家づくりですが、近年ではほとんど見られなくなり、新築の家1000棟に1棟あるかないか……というほど。そんな貴重な存在である焼杉を用いた一軒の家が、2016年の夏、長崎県大村市の閑静な住宅街に生まれました。

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焼きを施した杉板の表面。単なる黒ではなく、光の角度で繊細な色合いに

 

施主であるAさんご家族から、家づくりの打ち合わせの際に「こんな風合いで……」と見せていただいたイメージ写真。それは、わたしたちが兼ねてより一度チャレンジしてみたいと思っていた焼杉を使った家でした。Aさんご家族は、焼杉であるということよりも、その独特の風合いや存在感、雰囲気が気に入っていた様子でしたが、わたしたちにとっては願ってもない機会です。「ぜひとも使ってみたい!」という気持ちが高まる一方で、これまでに使ったことのない新しい素材を用いることへの不安もありました。そこでわたしたちは、焼杉が用いられている建物を見学したり、その住まい手から話を聴いたりして、焼杉についての理解を深めることからスタートしました。

 

“買う”のではなく、自分たちで“つくる”

施工から10年以上経った建物なども訪ねながら、わたしたちは改めて、きちんと焼きが施された焼杉という素材の耐久性、堅牢性に驚きました。昔ながらの技法でしっかりと焼かれたものは、何十年という歳月を経ても劣化することなく、一層風合いを増すよう。「存在感はあるのに、威圧感はない」。そんな独特の魅力に、ますます惹かれていきました。

しかしながら、いざ、既製品の焼杉を見てみると、どうも焼きが甘く、表面上の風合いだけといった印象。そして、価格も非常に高いのです。そこでわたしたちは、施主であるAさんご家族も一緒に、納得のできる焼杉を自分たちでつくろうと提案しました。

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焼く前の杉材。3枚の板を三角形に組み、筒の内部に火を入れ一気に焼き上げる

実際に家づくりに使用する焼杉づくりに取り掛かる前に、まずは事前の「実験」。杉の焼き方にはいろいろな手法がありますが、わたしたちが挑戦したのは、3枚の杉板を三角形に組んで焼き上げる方法です。筒状になった杉板の内部に新聞紙やカンナ屑などを詰めて点火し、火が点いたら杉板を煙突のように垂直に立て、火が自然と上部へ立ち登る性質を利用し、板全体を一気に焼き上げます。充分に焼けたところで水をかけ、急冷させれば完成です。

言葉で説明すればそれだけなのですが、実際に焼いてみると、焼き方や焼き時間、煙突部の空気の逃がし方などに、さまざまなコツを要することがわかります。焼き過ぎたり、逆に焼きが甘かったり、ムラができてしまってもいい焼杉にはなりません。わたしたちは何度も試行錯誤を重ね(気分はすっかり、焼杉職人です!)、機能と美しさを兼ね備えた焼杉が生まれる、ベストな条件を探りました。

 

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青空の下、みんなで焼杉づくり。昔の人たちもこんな風に家づくりをしたのでしょうか

 

みんなで体験! 焼杉ワークショップ

試行錯誤を重ねた末、いよいよ、Aさんの家をつくるための焼杉づくりがはじまりました。用いた杉板は、のべ300枚。3枚一組で、全100組を、丸3日間かけて焼き上げました。そのうち1日は、大村市にあ〈waranaya cafe(ワラナヤカフェ)〉のご協力のもと、Aさんご家族はもちろん、誰もが自由に参加できるワークショップ形式に。30名ほどの皆さんにご参加いただき、昔ながらの焼杉づくりを体験してもらいました。

火が点いたら、杉板を垂直に。煙突から煙が出るように、炎が立ち登ります
火が点いたら、杉板を垂直に。煙突から煙が出るように、炎が立ち登ります
「もういいかな?」焼けた頃合いを見計らい、みんなで協力して板を降ろします
「もういいかな?」焼けた頃合いを見計らい、みんなで協力して板を降ろします
焼き終わったら、水で急冷させ、完成

 

Atelier HAG への想い

今回の「焼杉ワークショップ」に限らず、家づくりに用いる素材や技術を自らの目で確かめ、時には実際に手を動かしながら実験・検証することや、さまざまな人に家づくりや建築にふれてもらうための機会をつくる活動を、わたしたちは〈Atelier HAG〉と名付けています。

もともと、使ったことのない素材に挑戦したり、手を動かして実験したりすることが大好きなわたしたちにとって、ただ設計をして終わりではなく、家づくりの細部にいたるまでできるだけ関わることは、ごく自然なことです。今回の「焼杉」にしても、焼きが甘かったり、ムラになっていたりすれば、「その程度の仕上がりの家」になってしまう……。素材の使い方ひとつで、家の質が左右されることがわかっているからこそ、きちんと実験や検証をし、理想的なカタチで素材の可能性を引き出すことが大切だと考えています。

建築は、その規模の大きさから、設計から施工までをすべて一人で手がける、というのは現実的に難しいものです。けれども、ものづくりの原点というのは、陶芸家が自ら考えた器を自らの手で生み出していくように……試行錯誤を重ね、一歩一歩自らの手で理想へと近づけていく、そんな姿の中にあると思います。

今後も〈Atelier HAG〉は「手で思考し、手でつくりだす」というものづくりの原点を忘れずに、建築に携わっていきたいと思うのです。

数年後、数十年後、より深みのある美しさへ育つことを願って
数年後、数十年後、より深みのある美しさへ育つことを願って
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家族みんなでつくった「焼杉」。その思い出が、家族の心をずっとあたため、包んでくれますように
COLUMN No.3
焼杉ワークショップのこと
2016.10.25